「自分は生きてる。」と感じるために、1回「死」を感じてみたら?


こんばんは、400ccのバイクがよかったけど税金を抑えるため250ccのバイクを購入したナカノケンジです。お金大事。

今回は「死を感じて生を感じる」ことについて。刺激のない生活はつまらん。

死のスリルを感じたい

2016年夏に二輪中型免許とってから、バイクツーリングが趣味に加わりました。これまでひとりで富士山行ったり広島行ったりしました。思えば全部ひとりで行ってる。。。今も片道30分くらいバイク通勤してよく乗ってます。

バイクに乗るときはいつも「こけたら死ぬんかもな~」と思いながら運転しています。別にとばしまくってブイブイ荒い運転をしているという話ではない。

故障により急ストップして身投げられて後続車に轢かれるかもしらんし、首の骨折って死んでまうかもしれんし、って感じながら常に運転してる。バイクほど安全じゃない乗り物はなし。

それでもボクがバイクに乗るのは「死の感覚」を本能的に求めているから。くれぐれも死にたいわけではない。感覚だけほしいねん。

死を感じてこそ生を感じる

みなさんも「気分が落ち込んでる時こそ、人の優しさが身にしみる」じゃないですか。あれと一緒。

バイクに乗りながら死ぬかもしれないと感じるなかで同時に、「オレ生きてるわ~」っていう感覚が得られる。この感覚は、個人的にはジェットコースターの恐怖感とすごく似ている。まさにスリル。

どうしても安全安定落ち着いた生活っていうのにつまらなさを感じてしまう性分で困ったものです。笑

「縁側でお茶飲んでボケーッとしてのほほんとする」じいさんにはなれるのだろうか。そんなのんきな老後を過ごしてるイメージがわかない。どっちかというと地域のみんなとゲートボールやってるのが想像つく。どうでもいいけど、ゲートボールは超おもしろいよ。

こころの感性をひとりで確かめよう

ボクは生を感じるために死の恐怖を求めてしまいます。「生きてる」って強く感じたいんやと思う。

真逆のことをすることでほしいものを得ようとする行動。これって別のものでも当てはまるんじゃない?

例えば恋愛だと「あえて別れ話をする女」っているよね。別れ話を切り出して彼氏の反応を見て愛情の確認をする。「別れないでくれ」といわれてそこで彼氏からの愛情を確認する。。。

自分で書きながら「あ゛ぁ゛めんどくせぇ」と思ってしまった。

バイクみたいにひとりプレイで完結するならいいけど、ひとは巻き込んじゃダメだね。

 

もしあなたが都会生活にうんざりしちゃってしんどかったら、連休にでもクソ田舎にいって生活すればいいんだよ。そしたら都会のよさを再認識できるよ。たぶんね。

 

ボクはバイクをとおして「今ここを生きている」感覚を定期的に味わっていきます。それってすごく幸せなこと。

 







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