愛情こめればごはんはおいしくなる。けれど。


おいしさと愛情の話。

『コンビニのご飯がいまいちおいしく感じられない。』

そう話す人は多い。

そんなボクも、コンビニのごはんが好きではない。特におにぎり。食べると口のなかが気持ち悪くなる。化学調味料に繊細に反応するのか。

 

コンビニのおにぎりに具材を詰める仕事をしていた、という人がこう語った。 

「コンビニの食べ物がおいしくないって言うけど、それはね、作ってる人たちが

つまらないなー、早く終わんないかなー

っていう気持ちでやってるから愛情なんてもちろんこもってないし、よくない気が入ってるから美味しくないんだろなって思ったの」

 

植物にも「かわいいねー、元気に育てよー」って語りかけて愛情こめて世話をすると、よく育つという。これはよく聞く話だからウソみたいやけどホンマなんだろうなと思ってる。

 

食べ物に関しても、作るときに愛情こめればおいしくなり、愛情こめなければなんだかまずくなる。

たしかに、ないこともないんだろう。

でも、それ以上に大切なことに気がついた。

 

それは『食べる側の愛情』だ。

作り手によっておいしい・まずいが決まるのではなく、

「食べ手」側によっておいしい・まずいは決まる。ジャッジするのはその人の味覚であり脳である。同じトマトを食べて、おいしいという人とまずいという人がいるでしょ。

 

味は食べる側によって変わる、というのをもとにして料理と愛情の話を考えると、、、

 

作り手が愛情をこめればおいしくなるってことは、

「食べ手が愛情をこめて食べればおいしく食べれる」んじゃない?

逆に言えば、愛情こめて作られた最高においしい料理も

『食べる側が感謝の気持ちもなくテキトーに食べればただのメシと化す』

 

自分でこの考えに至って、激しく反省をした。

食べ物に対する感謝。

作ってくれる人への感謝。

食事ができるということへの感謝。

 

すべてが圧倒的に欠けていた。。。

 

日本という国にいるから、当たり前のように食事ができ、コンビニでも手軽に食べ物が手に入る。本当は当たりまえじゃないのにね。

 

昔からわりと好き嫌いが多いほうだったけれど、その理由のひとつが『圧倒的な感謝の欠如』にあったんだなー。

反省、反省です。

 

そう思うと、トマトも納豆もきのこもグリーンピースもシーザードレッシングもパクチーも、ちょうど今飲んでるよくわからない新発売のジュースも、おいしく食べて飲んでできるんじゃないかという気がしてきた。

食べられることに感謝すればおいしく感じられる。

このご飯、愛情こもってないからまずくて食えない。波動が落ちるわ。とか言ってるのはあんたが受け身な証拠。

作るときに愛情こもってなくても、食べるときに自分自身でできるだけの感謝と愛情こめて、おいしく食らってやるぜ!くらいの積極的な姿勢でいきたいね。

今回は食べ物の話だったけど、きっとそれだけに限らないよね。ほかになにが当てはまるか、は考えてほしい。







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